本帖最后由 闇紅の魔導師 于 2012-3-19 19:17 编辑
パリには、妻か夫か、どちらかが外国人という夫婦はざらにいる。
しかし、これは前後の現象なのだそうだ。今でも、名門の貴族や家柄を誇るブルジョワのフランス人は、外国人とは結婚しないそうである。
こう、教えてくれたのは、知人の若い弁護士で、私がフランス人との結婚を告げた時、「ほう、日本人のあなたとね。我が家なんかは外国人との結婚はまず許されないな。一にドイツ人、二に黄色人種、三に黒人がタブーなんだ。」と、さらりと言ってのけた。
もっとも、主人の側でも、私との結婚は、かなりセンセーショナルなニュースになったらしい。結婚するや、親戚、友人、知人たちの間で、猛烈な招待合戦が始まった。三日にあげずの宴会が、半年も続いた。そして、私は魚攻めにあった。日本人が魚を食べる民族であるというのを、誰もが知っていて、歓待してくれたのである。
魚攻めにあって、私は嬉しかったか。
それが、そうでもなかった。
その理由は二つある。
まず、一つ目。出された魚のほとんどが冷製で、マヨネーズのソース添え。たまに温製があれば、魚はバターソースかクリームソースの中で泳いでいる。これらの魚はいずれにせよ、クールブイヨンの中でたっぷりと煮込まれていた。
クールブイヨンというのは、白葡萄酒に、刻んだ人参や玉ねぎ、パセリ、胡椒、クローブ、ローリエ、タイム、などを入れて静かに煮立てる魚用のブイヨンで、フランスの家庭では、このクールブイヨンで魚を煮るのが大変にポピュラーなのである。これだと、魚に香料や薬味草の香りが移って、魚の生臭みが綺麗に消える。しかし、魚の旨みもきれいに失われてしまう。どこの家でも、自分の皿に盛られた魚を食べきるのが精一杯であった。おかわりなど、とんでもなかった。
そして、ずっと昔にギリシャ料理店で食べた真っ黒焦げに焼かれた魚の方が、まだましだなどと、私は密かに思った。といって、ギリシャで食べた魚ではない。学生街のサンミッシェルの一角に、ちょっとエキゾチックで安いギリシャ料理屋がズラリと並んでいるのだ。ここに行くと、バーベキューの魚やエビが食べられるのである。しかし、一度でこりた。それなのに、その時の真っ黒焦げに焼かれたタイの味が懐かしく思われたのである。日本の焼き魚を、しみじみと恋しく思ったのは言うまでもない。
クールブイヨンで魚を煮るのは、臭いを消すためだ。知り合いたちの招待が一通り終わったこと、クールブイヨンで煮た魚は、もう食べたくないと、私は主人に宣言した。そして、魚は焼き魚か刺身に限ると叫んだのである。しかし、主人をはじめ親しい友人たちは、「うまいものなのになあ」と、しきりにざんねんがる。
クールブイヨンは家庭では人気があるが、最近、プロの料理人たちは、ムス方法をとり始めている。例えば、元トゥールダルジャンの若いシェフ、ブッシェ氏は、クールブイヨンは一切使わない。もっぱら、魚は蒸す。理由は、魚の持ち味、旨みをそのままテーブルにのせることができるからだという。
私等は、こういう話を聞くと、「ほら、ほら、プロだってクールバイヨンを見捨てて始めたじゃない。クールブイヨンは魚の味を台無しにするからよ」などと、嬉しがって口走るが、主人も友人たちも、それには耳を貸さない。そして、「クールブイヨンで煮た魚の味のノーブルなこと!」、うっとりしてみせる。さらに、「煮ることは、生よりも焼くことよりも文明度が高いのだ」と言って、開き直るのだ。このへんは、実にフランス人らしいところである。
ところで、「ルモンド」紙の料理批評家クルチン氏の最近の報告によると、フランス人はびっくりするほど魚を食べない。一人当たり、一年二十キログラムだそうだ。この数字は肉なら一ヶ月分だそうだ。クルチン氏は、フランスは三方を海に囲まれているのだから、魚を食べる民族であってもいいはずなのに、そして、魚は栄養のバランスもすぐれ、肉よりも健康に良いのにと嘆いている。また、彼のレポートによれば、フランス人が魚を食べないのは、その匂いと骨のせいだそうだ。
さて、魚攻めにあって嬉しくなかった理由の二つ目であるが
魚を食べている間の話題といえば、刺身の話が多かった。
「日本では、魚を生で食べるそうですね」
と好奇心いっぱいの顔をして話を切り出す。「ええ、それは美味しいものですよ。魚の好きな人だったら、フランス人でもすぐに気に入ってしまいます」などというと、彼らは信じられないと言って、気味悪がってみせる。まるで、日本人が、生の魚を頭からかじっているところを想像しているかのようなのだ。
それから、ちょっとばかりにっこりして、「でも。まさか、全くの生ではないでしょう。お酢や、レモンや、油でマリネにするのではないですか」という。
「いいえ、それが全くの生です。」と答えると、彼らは困ったような顔をするのだ。それで、私は醤油とわさびの説明をする。
知人たちの中には、フランス領のタヒチ島で暮らしたことのある人や、旅行をしたことのある人がいて、タイチ風刺身について話してくれた。魚はやはり白身の魚で、スズキやタイ。二センチか三センチの角切りにする。これを、ヤシノミのミルク、レモン、胡椒、塩等を混ぜたソースの中に、数時間漬け込む。少なくとも、三時間は必要だそうだ。食べるときは、パセリや浅葱のみじん切りを振り掛ける。まさに原始的であるが、すこぶるうまいのだそうだ。こんな話は、フランス人はよく聞くらしくて、生の魚というと、このタヒチ風を想像する人が少なくない。
このごろ、パリでもヌーベルキュイジーヌのレストランに行くと、刺身が食べられる。しかし、大抵がタヒチ風を上品にアレンジしたものである。魚はスズキや鮭のことが多く、フグの刺身のように薄く切って、皿の上に花びらのように綺麗に並べる。ソースは「ヤシノミのミルクの代わりに」オーリブ油、レモン、胡椒、塩を和えたもの。これが基本でシェフによって好みの薬味草やスパイスが違う。これが結構旨くて、パリではちょっとした流行なのだ。
しかしまあ、刺身にせよ、焼き魚にせよ、話だけでは、その旨さをフランス人に納得させるのは難しい。それに、彼らが最後言いたいのは、日本は高度の文明国だと言われているのに、人々は案外、原始的で野蛮なのだと言うなのである。
思いがけない切り込みにあって、正直なところ、私はオタオタした。これが、私には気に入らなかったのである。
生よりは焼くほうが、焼くよりは煮るほうが(材料はより原型から遠ざかる)、より文明度が高いというのは、フランスの高名な社会学者、クロードレブィ=ストロースという人である。その彼が、日本の刺身の場合は、包丁の芸術が、煮る芸術(料理の芸術)にとってかわっていると言っている。偉い人はちゃんとわかっているのだ。なんてことを、つい最近、主人がそっと教えてくれた。
作者:戸塚真弓
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